大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)10519号 判決

原告 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 竹内洋

同 田子真也

同 半場秀

同 山田忠

同 本村健

被告 昭和興産株式会社

右代表者代表取締役 Y1

被告 Y1

被告 Y2

主文

被告らは、原告に対し、各自金四五七二万二〇六二円及び内金二〇五七万〇五四〇円に対する平成九年三月一二日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員(一年を三六五日とする日割計算による。)の支払いをせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告昭和興産株式会社(以下「被告昭和」という。)は、原告に対し、平成二年六月一一日付けで銀行取引約定書を差し入れ(これによる契約を以下「本件取引約定」という。)、原告と同被告との間の当座貸越その他の取引に関して生じた同被告の債務の履行については、この約定に従うこと、遅延損害金は、年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とすることを約した。

2  被告Y1及び同Y2(以下「被告Y2」という。)は、原告に対し、平成二年六月一一日付けで、被告昭和が本件取引約定に係る取引により原告に対し負担すべき債務について連帯して保証する旨を約した。

3  原告と被告昭和は、同日付けで次のとおりの当座貸越契約(以下「本件当座貸越契約」という。)を締結した。

(一) 極度額は、八〇〇〇万円とする。

(二) 利息は、年七・六パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。

(三) 期限は、平成二年六月一一日から一か年とし、期限到来の一か月前までに原告、被告昭和のいずれからも解約の意思表示のされない場合には、一か年に限って更新されるものとし、爾後同様とする。

(四) 利息は、毎月末日限り支払うものとする。

(五) 原告は、その所定の時期及び方法によって計算した利息及び遅延損害金を、当座勘定から引き落とし、又は元金に組み入れることができる。

(六) 被告昭和が原告に対して負う債務の一に関し期限が経過した場合においては、その余のすべての債務についても原告の請求により期限の利益を失う。

4  原告は、被告昭和に対し、本件当座貸越契約に基づき、平成二年七月一六日一〇〇〇万円を、同月二五日六〇〇〇万円を、同年八月三日一〇〇万円を、同月一三日三五〇万円を、同年九月三日五〇万円を、同月一一日三〇〇万円を、平成三年五月八日二〇〇万円を、それぞれ貸し付けた(これらの貸付けを併せて以下「本件各貸付け」という。)。

5  原告と被告昭和は、その後本件当座貸越契約に係る利息を年五・七五パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)と変更する旨合意した。

6  原告は、被告昭和に対し、本件当座貸越契約に係る平成四年六月分以降の各利息の期限が経過したことから、平成六年一〇月七日付けで、同月二〇日が経過したときに期限の利益を失わせる旨の意思表示(請求)をしたが、同日は経過した。

二  争点

1  原告の被告昭和に対する本訴請求債権(当座貸越債権)の消滅時効の成否

2  被告昭和において本訴請求債権との相殺に供すべき原告の不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否

三  争点に関する被告らの主張

1  争点1について

原告及び被告昭和は、いずれも商人であり、その間の金銭貸借は、商行為である。そして、原告主張の貸借の日から五年が経過した。よって、原告の被告昭和に対する本訴請求債権は消滅した。

2  争点2について

(一) 原告は、被告昭和に対し、本件取引約定に当たり、「迷惑は掛けませんので、借りていただきたい」、「株券を担保として貸すので、間違いはない」、「千葉銀行よりもアンダーレートで貸したい」と述べた。しかし、原告は、後記(四)のとおり、被告Y2の子らの名義の投資信託の解約の処理に当たり口座の無断開設、解約返戻金の無断振替え等の行為に出て、被告らに迷惑を掛けた。また、本件当座貸越契約に係る利息は、株式会社千葉銀行の融資のそれより、実際には高率であった。これらの約束違反は、本件当座貸越契約の債務不履行を構成するというべきである。

(二) 原告は、被告昭和をして、本件当座貸越契約に基づき平成二年七月一六日貸し付けた一〇〇〇万円を、そのまま原告に預金させた。これは、同被告に対する不法行為に当たる。

(三) 原告は、被告らに対し、前記各貸付けのほかに、合計六〇〇〇万円の新たな融資を約束し、被告Y2の所有に係る不動産に根抵当権を設定させたにもかかわらず、右約束を破棄した。これは、被告らに対する不法行為を構成する。

(四) 被告Y2は、かねて、勧角証券株式会社(以下「勧角証券」という。)において、その子であるB、C及びDの名義により投資信託を行っていたが、原告従業員であるE(以下「E」という。)に対し、平成四年五月中旬ころ、解約返戻金を現金で受け取ることを前提として、右投資信託の解約手続を代行することを依頼した。しかるに、Eは、印章及び文書を偽造して原告に右の子らの名義の各預金口座を開設した上、被告Y2に無断で、勧角証券から右各預金口座へと解約返戻金の振込送金を受け、次いで、その一部の金員を右各預金口座から原告における被告昭和の預金口座へと振り替えた。その結果、原告は、本件各貸付けに係る平成四年四月、五月分の各利息の弁済を得た。このようにして、被告Y2は、原告により右金員を詐取されたものであるから、原告は、これについて不法行為責任を負う。

(五) 被告らは、原告の右(一)の債務不履行及び右(二)から(四)までの各不法行為に基づき、原告に対し、それぞれ損害賠償請求債権を有する。その価額は、いずれの被告についても、本訴請求に係る各債権のそれを下回るものではない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

前記第二の一3、4の事実によれば、原告の被告昭和に対する本訴請求債権は、当座貸越契約に基づく貸越金の返還請求権であるところ、当座貸越契約に基づく貸越金は、当該当座貸越契約が終了して初めてその返還を請求することができるものと解されるから、その請求権については、当該当座貸越契約の終了の時が民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」に当たり、その消滅時効は、その時から進行するものと解される。しかるに、争点1に関する被告らの主張は、本件各貸付けのうち最後のもののされた時である平成三年五月八月から消滅時効が進行することを前提として、同日から五年間が経過した事実を主張するものと解されるから、この点において既に失当に帰するというべきである(前記第二の一6の事実によれば、本件当座貸越契約は、平成六年一〇月二〇日に終了したこととなるから、これに基づく貸越金の返還請求権について、未だ消滅時効の期間が経過していないことは明らかである。)。

右のとおりであり、原告の被告昭和に対する本訴請求債権について消滅時効が成立したとする被告らの主張は、その余の点についてみるまでもなく理由がない。

二  争点2について

1  被告らは、まず、原告従業員が本件取引約定の締結に当たり、「迷惑は掛けませんので、借りていただきたい」、「株券を担保として貸すので、間違いはない」と述べたと主張するが、これらの言辞が仮にあったとしても、そのようなものは、約定としての具体的な内容を全く欠いたものであって、原告において被告昭和に対し何らかの法律上の義務を負担することを約するような趣旨のものとは解し得べくもないから、原告がこれに拘束され、その違反により損害賠償責任を負うとはいえない。

被告らはまた、原告従業員は「千葉銀行よりもアンダーレートで貸したい」とも述べたと主張するが、このような言辞が、直ちに、金融機関の融資担当者一箇の期待、抱負、見込みといった類いの域を超え、借主となるべき者に権利利益を付与するものといえないことは明らかであり、被告Y2は、株式投資の経験を有し(〈証拠省略〉、弁論の全趣旨によってこれを認める。)、取引行為にそれなりに通じていたとみられる者であるから、同被告が右言辞をその主張するような趣旨に受け取ったとも到底考えられない上に、前記第二の一3二、5の争いのない各事実のとおり、被告昭和は、利息の率を承知して本件当座貸越契約を締結し、利率の変更にも応じたものであるから、本件当座貸越契約に係る利息の率に関して原告に約束違反をいわれる点は存しない。

被告らが原告の債務不履行として主張するところはすべて失当である。

2  被告らは、原告が被告昭和をして本件各貸付けに係る貸付金の一部をそのまま預金させた旨の主張をするが、右の預入れが同被告に無断でされ、又は同被告を強要してされたものであるなどの事情は窺われず、ほかに右預入れに関連して原告の不法行為と目するに足りる事実は全く明らかにされていない(被告Y2自らも、本件の本人尋問、〈証拠省略〉のいずれにおいても、右主張に副う供述をしてもいない。)。

よって、被告らの右主張を採用する余地はない。

3  被告らは、原告が新たな融資を約束し、被告Y2の所有に係る不動産に根抵当権を設定させたにもかかわらず、右約束を破棄したと主張するが、それ以上には、融資を実行しなかったことが信義則に反すると評価するに足りる事情を明らかにしない(甲第一五号証の六の被告Y2の供述記載には、ぱちんこ店開業を企てたが徒労に終わった旨の部分があるが、このような事情によっては、融資を実行しなかったことが信義則に反すると評価するには足りない。)。また、右根抵当権設定契約に瑕疵のあることも窺われない(甲第一五号証の四のFの供述記載によると、右根抵当権設定契約は、原告が在来の貸付けについての増担保の請求をしたことに応じて締結されたものと認められるところであり、これが被告らのいうような新規の融資と関連するものとは認め難い。)。

してみると、仮に右のような事実があったとしても、そうであるからといって、直ちに被告らの権利利益が侵害されたものとはいえないから、右主張も失当である。

4  被告らの主張2(四)の事実については、被告Y2が、その本人尋問及び供述記載〈証拠省略〉において、Eに対し、解約返戻金を現金で受け取ることを前提として、投資信託の解約手続を代行することを依頼したなどとして、これに副う供述をしている。

しかしながら、甲第一四号証、証人Eの証言によれば、被告昭和は、平成三年秋ころから本件当座貸越契約に係る利息を遅滞するようになったこと、同被告は、平成四年三月末日を期限とする利息をも遅滞したことが認められるのであり、このような局面においては、金融機関の担当者が、他の金融機関に存する資産に関し、現金化して直ちに債務者に引き渡すという合意の下で、いい換えると、遅滞している債務の返済を得る機会をみすみす逸するのに甘んずることを前提として、その解約等の手続の代行をたやすく引き受けるなどとは、いかに顧客の求めであっても、特別の事情がなければ考えることができない。被告Y2は、同被告自らが手続を行ったのでは勧角証券が解約に応じないので、金融機関相互の折衝によって処理を図るため、Eに依頼したという趣旨を述べるが、そのような説明は、それ自体において不合理である上、原告において手続を代行する理由となるようなものではないから、これを採用することはできない。

右に判示したところからすれば、むしろ、解約手続の依頼に当たっては、解約返戻金は本件当座貸越契約に係る利息の弁済に充てることが予定されていたとの証人Eの証言をこそ、採用すべきである。

結局、被告Y2が、Eに対し投資信託の解約手続を代行することを依頼するに当たり、同人との間に解約返戻金は現金で授受するとの合意をしたとの事実は認め難く、同被告は、解約返戻金は本件当座貸越契約に係る利息の弁済に充てることを了解した上でその解約手続の代行を依頼したものと判断される。

そして、そうであるとすれば、Eが被告Y2に無断で、その子らの印章及び文書を偽造して、子らの名義の預金口座の開設、これに振り込まれた解約返戻金の同被告の口座への振替え等の処理をしたとの被告らの主張事実についても、Eにおいてそのような行為に出る理由はおよそ存在しないというべきであるから、これを認めることはできない。

そうすると、被告らの前記主張事実を認めることはできないから、投資信託の解約返戻金の処理に関する被告らの主張も、採用し得ない。

第四結語

以上によれば、その余の点についてみるまでもなく、被告らの各抗弁は理由がないこととなる。

そうすると、被告昭和に対しては本件当座貸越契約に基づき、被告Y1及び同Y2に対しては前記第二の一2の連帯保証契約に基づき、1 本件当座貸越契約に係る各元金に対する平成四年七月一日から平成六年一〇月二〇日までの約定の利息一〇六一万一五〇六円、2 各元金に対する同月二一日から平成九年三月一一日までの約定の年一四パーセントの遅延損害金のうち一四五四万〇〇一六円、3 右各元金のうち二〇五七万〇五四〇円及びこれに対する同月一二日から支払済みまでの右約定の割合の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとする。

(裁判官 長屋文裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例